劣等性の私が難関の行政書士試験にチャレンジした秘密

中学時代から勉強が嫌いで合格するような高校もなく、工業高校に進んだ私。


工業高校の情報通信科に行ったのも、ネット社会の到来を見込んで表向きはカッコいいと思ったからだけでした。


中学時代の偏差値はいつも50以下。(苦笑)



工業高校に入ってもろくに勉強もせずに、情報通信科に行っていながらパソコン音痴


「友達からはお前パソコンのことは何でもわかるよな?」と尋ねられても、
「まぁね!」と返事をしていたものの、まるっきりわかっていませんでした。


高校を卒業する時も担任の先生から、就職できないかもしれない・・・とのことで、
両親に無理を言って学費の高いコンピュータの専門学校に行かせて貰いました。


でも、そこでもたいして勉強はせずに、今思えばのほほんと過ごしていました。


周囲からは高校では情報通信科を卒業してコンピュータの専門学校に行っているからさぞかしパソコンのことは詳しくて何でもできるのだろうと思われていました。


しかし、実際は・・・、何にも良くわからない、両親が授業料を払っているだけのおバカな生徒でしかありませんでした。


周囲の連中と同じようにいろんな試験を受験しましたが、誰でも合格するような試験にしか合格できずに、
先生からは「就職先がないかも知れないよ!」と、いつも言われていました。



でも、実際は就職先がありました!!(笑)


30代の社長が経営するソフト作成会社。


スタッフは15人。


私を入れて15人です。


私はいつも足手まといな存在で、職場では結構シカトされていました。


ミスばかりするので、周囲の方達に煙たがられていました。


ある日、社長から呼び出されて、お酒を飲みに行きました。


社長から言われた言葉が、「お前の代わりなど掃いて捨てるほどいる。」だから「明日からはパソコンを触らなくて良いから、職場の環境を整備してくれ!」
つまり、「パシリってこと・・・!」と言われました。


みんなの弁当を買いに行ったり、A4サイズの紙を買いに行ったり、ゴミ捨て、掃除、窓拭き、などが主な私の仕事になりました。


両親には申し訳ありませんでした。


高い年間授業料を払ってくれて、やっている仕事が職場で役に立たないのでパシリ


給料も手取りで12万ぐらい。


両親は何も言いませんでしたが、自分が情けなくなったのです。


社長から言われた言葉、「お前の代わりなど掃いて捨てるほどいる。」と言う言葉は正直辛かったです。


このような立場になることを期待して両親が年間百数十万もする授業料を支払ってくれていたのかと思いますと、自分自身情けなくなりました。


パシリになるために母が朝早くからパートに行った給料がほとんど私の専門学校の授業料になっていたことを考えると本当に、本当に、情けなくて涙が出そうになりました。



ある日、社長が言いました。
「今日は特定商取引法に詳しい行政書士の先生をお招きしているから粗相のないように!」と。


特定商取引法?


行政書士の先生?

私には未知の世界でした。


行政書士ってなに?


ところが会社に現れたのは、眼光鋭く穏やかで自信ありげな30代のハンサムな方でした。
俳優にしても良いぐらいのカッコイ良い方でした。
会社の前に止めていたクルマもベンツ。



社長と難しい話をしていたようですが、
女子の社員が「あんな人に抱かれてみたい!」と、冗談交じりの言葉を連発するほどのオーラがありました。



「ハンサムで、秀才で、お金持ち! 君とはまるで正反対!お弁当買ってきて!」と言う言葉が私の心をえぐりました。(苦笑)


職場のみんなの弁当を買いに行く時に「俺も行政書士になりたい!!」と、正直思いました。


本当にこのことが私が行政書士試験を受験する引き金になりました。








posted by 試験合格で自分の未来を変えた男 at 23:23 | Comment(0) | 行政書士試験合格 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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